今も昔も道路も線路も県西部の要

くぼかわの往来

 戦国時代や江戸時代、土佐藩の中心である高知城下と中村方面を結ぶ中村街道から、南予(現在の愛媛県西南部)・宇和島へ向かう宇和島街道への分岐点として栄えました。
 また、近代になるまでは、太平洋を行く海路が多く使われていました。海が近い窪川には、志和という港町があり、そこを拠点とした物流が盛んに行われていました。志和で荷揚げされた物資が、窪川の古市町というところで売り買いされ、さらに、宇和島街道や四万十川を使って、西へ西へと運ばれていきました。

 近代になって、道路事情が良くなってくると、海路は使われなくなりましたが、それまでの、中村街道(現国道56号)と宇和島街道(現国道381号)の分岐点としての機能は、今もそのまま生かされています。
 そして、鉄道も、宿毛・中村から窪川までの土佐くろしお鉄道と香川県の多度津までの土讃線がここで繋がり、さらに、愛媛県宇和島市へと続く線路・予土線がここ窪川駅から伸びています。

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