四万十町見附「大本神社」

こんんちは(^O^)/
窪川町:古の名前を仁井田郷といいます

仁井田の豪傑に中西権七というお侍さんがいました
権七さんは、小柄でありましたがもっていた大太刀の長さが、5尺3寸(約1.6m)もあったと言われます
この大太刀は、仁井田五社さん(高岡神社)の宝物となっており、四万十町見附には、権七さんのお屋敷がありました。
権七さんが、闊歩しただろう見附の奥にふらふらと行ってみました。

四万十町見附と東又の境に位置する高南カントリークラブの西側に大本神社はありました
神社の狛犬を見た瞬間に「あっ」・・・琴平神社と同じ狛犬じゃ・・・
頭がペッチャンコの狛犬が・・・(^O^)/

車を道路わきに止めていざ大本神社へ・・
神社の参道手前でばあちゃんが、手を合わせて拝んでいました
カメラを持って神社に向かっているとばあちゃんが、声をかけてきました
ばあちゃん「写真を撮りゆうがかえ?大本さんの?」
ごぞまる 「そうながよ!狛犬が好きで撮りに来たんじゃが」
     「ばあちゃんなんであそこで拝んじょったが?神社に入られんがかえ?」
ばあちゃん「7月にじいちゃんが死んだじゃき、しばらくはいられんのよ」
と、これがいけなんだ!!カメラ2台を持ってばあちゃんと立ち話・・
2時間近く・・(;一_一)
ばあちゃんの話が、終わらんのよ・・・
以下、ばあちゃんの話抜粋
ばあちゃんは、ヤナガワさんといい、昭和6年生まれの82歳、見附に住んじょって大阪に働きに行っていた
20年くらい前に帰ってきた
(話を聞いてると30年くらい前だと思う・・)
大阪の葛葉神社には、狐の狛犬がおり、赤い鳥居がいくつもあること
枚方の山の中に松茸を取りに行って大根を持って帰った

鈴鹿の紅葉と吉野の桜はものすごい360°絶景
仲良しグループで遊山に行き、美味しそうなミカン?をがめってきたが、恐ろしくまずかった
大阪から帰ってきたらえらい変わちょった
車がようよ通るような道だったけど大阪から帰ってきたらきれいな道になっていた。
昔はあちこっちの神社で秋祭りには夜店が出て賑わっていた・・
お父さんに連れられて久礼まで歩いて出かけ、帰り道怖くてお父さんの袖にしがみついて帰ってきたこと
見附と東又の境の峠には、夜坊主が出る、今でも夜は通らん様にしている
坊主は、お坊さんのお化けでなく大入道的な妖怪であること
太平洋戦争のとき、東又の上を3機編隊のB29が、空を埋め尽くして東の方に飛んで行った
B29の周りを艦載機が飛んでいたが、機関銃で打たれることはなかった
南海大地震では、久礼から土讃線の線路を友達と歩いて帰ってきたこと
窪川原発誘致の際には、町が反対賛成に分かれる大ごとになったこと
じいちゃんが賛成、ばあちゃんが反対、しばらく口もきかざった
神社のお祭りでも2つに分かれて、「ばかが」とののしりあう始末・・・
そおれ!見い・・私らが正しかったろう
青森の六か所村やったら日本はもう終わりや・・・
まだまだ続くばあちゃんとの話・・・・

大本神社の狛犬
琴平神社、五社さん東宮と同じもの

大本神社二の鳥居と社殿

鎮守の森の大木
は、(^O^)/

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四万十町の観光協会です。日々の出来事やイベントについて、情報発信していきます。楽しんでいただけると幸いです。 高知県高岡郡四万十町茂串町1-14 shimanto-town.net 2013年4月に登録